どの海女の村にも、ほとんどの海女が入らないひとすじの海があります。年を重ねて息が短くなった海女だけが働く浅い海。ハルマンバダンと呼ばれるその小さな海の中に、海女文化のルールのほとんどすべてが収まっています。
ハルマンバダンとは、村の漁場のうち、岸に近く浅い区画を、共同体の年長の海女の取り分として取り分けておく慣習です。若い海女はその海に入らず、年長の海女はそこで息のぶんずつ採り続けます。強制する法律はなく、漁村契の合意だけで守られていて、ユネスコ登録の文書がいう共同体の精神を語るとき、まっさきに挙げられる例になっています。
済州の言葉で、ハルマンはおばあさん、バダンは海です。どの村にも割り当てられた漁場があり、その中で岸にいちばん近く、長い息が要らないほど浅い区画が、ハルマンバダンとして取り分けられます。どの海か、どこまでかを決めるのは村の漁村契で、名前も境目も村ごとに少しずつ違います。たいていは、波が穏やかで足場の歩きやすい入り江が選ばれます。
| ハルマンバダン | 残りの漁場 | |
|---|---|---|
| 場所 | 岸に近く、浅い | 村の漁場の全体 |
| 入れる人 | 年長の海女、体調のすぐれない海女 | 漁村契のすべての海女 |
| 決める人 | 漁村契の合意 | 漁村契の規約と水協 |
| 目的 | 引退のない潜り | 生業 |
大事なのは、この慣習を強制する文書がどこにもないことです。若い海女がハルマンバダンのサザエを採っても、法律には触れません。けれど共同体の中では、それは、しないことになっていることなのです。罰よりも強いのは、全員がその線を知っているという事実です。
海女の稼ぎは、その日に採り上げたぶんです。浅瀬のサザエは誰にでも採れるので、若い海女が先に入れば、年長者のぶんは残りません。ハルマンバダンは、その競争を始まる前に断ち切ります。いちばん強いサングンは深い海へ向かい、近い水は手つかずのまま残されるのです。
譲りは一方通行ではありません。今日サングンである海女も、いつか自分の息が短くなる日を迎えます。そのとき待っていてくれる海があるためには、いまその海を残しておくしかない。ハルマンバダンは親切というより、世代を越えて共同体を回し続けるためのルールです。
「済州海女文化」がユネスコの無形文化遺産に登録されたとき、登録の記述は、自然との共存と女性の役割と並んで、共同体の持続する力を挙げました。その共同体の精神を説明するとき、幼いサザエとアワビを残すルールや禁漁期とともに、最も多く引かれる例がハルマンバダンです。海も人も長く続くように、共同体がみずから自分の限度を決める。そのやり方の数々です。
ハルマンバダンが際立っているのは、弱い人を守るからだけではありません。守り方のかたちです。お金でも、手助けでもなく、場所。年長の海女は誰の世話にもならず、自分の海で、自分の手で採ります。尊厳が残るように設計された、思いやりなのです。
ハルマンバダンの細部は村ごとに違います。この記事は、海女博物館と済州道の公開資料にもとづく一般的な説明です。
Sumbiという名前は海女が海面で放つスンビソリから、潜水のかたちは息のぶんだけとどまる働き方から来ました。わたしの海がいっぱいになったら生きものを広い海へ帰すルールには、ハルマンバダンの心がそのまま流れています。Sumbiは、済州海女文化の記録と保存を応援しています。
はじめての潜水を始める →現役の海女の大半が70代以上になったいま、ハルマンバダンへ向かう海女は増え、深い海で働くサングンは減っています。村によっては、漁場の大半が実質的にハルマンバダンのように使われるところも出てきました。ルールは変わっていないのに、そのルールを分け合う顔ぶれが入れ替わったのです。
海女学校を経て漁村契にたどり着いた新しい海女は、潜りと一緒にこの境目を学びます。どの岩のどちら側がハルマンバダンかは、どの地図にも載っていません。いっしょに働く先輩の言葉で伝わるだけです。書かれていないぶん、文化の中で最も失われやすい部分でもあります。
海女博物館は、年長の海女の語りを映像と音で記録し続けています。ハルマンバダンのような、紙ではなく声で運ばれてきたルールは、誰かが記録しないかぎり村とともに消えます。この文化を応援することは、結局のところ、この書き留める仕事を応援することです。
海が教えてくれた一行。海女は息ひとつぶんだけ海にとどまり、残りの水を誰かの取り分として残します。スマホを手放す時間も、同じやさしさで測れます。今日は、息ひとつぶん。それで十分です。
この記事は公開資料をもとにまとめた文化紹介であり、数値は参考資料の調査時点のものです。