引き出しに入れてから時計を見たら、4分しか経っていませんでした。ずいぶん経った気がしたのに。同じ夕方、ショート動画を見るときは1時間があっという間でした。時間がなぜこんなに違って流れるのか、気になって私は調べました。
スマホなしの10分が長く感じられるのは、時間の感覚が、刺激の量によって変わるからです。新しい刺激が絶え間なく入ってくるときは時間が速く過ぎ、刺激がなければ時間を数えることになって、長く感じられます。そこに、強い刺激に慣れて、退屈に耐える力が弱っていることが重なります。幸い、この感覚は数日で変わります。最初の一週間の10分がいちばん長く、そのあとは同じ10分が短くなっていき、あとには、長くてうれしい時間になるのです。
時間の感覚は、時計ではなく、脳が処理する刺激の量で決まります。新しいものが入り続けると、脳は時間を数える暇がなく、だから過ぎてみればあっという間です。ショート動画がそうです。数秒ごとに新しい動画が入ってくるので、1時間が数分のように感じられる。逆に刺激がなければ、脳は時間そのものを感じ始めます。待ち時間が長いのと同じ原理です。
だから、スマホを手放した10分は、実際には10分でも体感はずっと長い。これは錯覚ではなく、正常な感覚です。問題は、その長く感じられる時間を私たちが退屈と呼び、退屈を消そうとして、またスマホを手に取ることにあります。
| 場面 | 入ってくる刺激 | 体感の時間 | 過ぎたあと |
|---|---|---|---|
| ショート動画1時間 | 数秒ごとに新しいもの | 数分 | 覚えているものがない |
| スマホなしの10分 | ほとんどない | 30分のよう | 考えたことが残る |
| 散歩30分 | ゆっくり変わる | 実際に近い | 風景が残る |
| 一週間後の10分 | ほとんどない | 10分に近づく | 長くて、うれしい |
ある心理学の実験で、参加者に何もない部屋で15分、考えごとだけをしているよう頼んだところ、少なくない人がその時間に耐えられず、一部は退屈を避けるために、自分から弱い電気刺激を選びました。スマホが生まれる前から、人は退屈が嫌いだったのです。スマホは、その退屈を数秒で消せる道具を、いつも手に握らせただけです。
問題は、筋肉と同じです。退屈に耐えることをしなければ、その力は弱ります。何年も退屈する暇がなかったのだから、10分の退屈が耐えがたいのは当然です。そして筋肉のように、また使えば戻ります。
最初の一週間がいちばん長い。私は最初の週、10分を三、四回満たせませんでした。二週目から10分が10分のように感じられ、三週目には30分を決めたのに、短く感じました。時間が実際に変わったのではなく、刺激のない時間に脳がまた慣れたのです。この地点を過ぎると、スマホのない時間が、長くてうれしい時間に変わります。夕方が長くなる感じが、それです。
この変化でいちばん良かったのは、夕方が長くなったことでした。以前は子どもが眠ってから私が眠るまでがあっという間だったのに、いまはそのあいだに皿洗いをして、本を数ページ読んでも時間が残ります。時間が増えたのではなく、もともとあった時間が、戻ってきたのです。
10分が長すぎるなら、5分からでもいい。時間の長さより、毎日同じ時間に繰り返すことが、感覚を変えます。
Sumbiの最初の潜水は10分です。海女が自分の息のぶんだけ海にとどまるように、長く感じられる10分を決めて、潜って上がってきます。潜水の画面はムルモンなので刺激がほとんどなく、終われば貝をひとつ開いて生きものに出会います。10分が短くなったら、時間を延ばせばいいのです。
はじめての10分潜水 →時計を見ると、時間はもっと長い。時計の代わりに、終わったら知らせてくれるものを置いて、そのあいだは時間を数えません。私は最初、1分ごとに時計を見ていて、それが10分を30分にしていました。
じっとしていると、退屈が正面から来ます。皿洗いや洗濯物たたみのように手の動く仕事をすれば、時間の長さがやわらぎます。退屈を消すのではなく、隣に置いておく方式です。
刺激がなければ、後回しにしていた考えたちが来ます。心配ごと、やること、忘れていたこと。それを避けようとスマホを手に取ってしまうのですが、そのままにしておけば、考えも10分で過ぎていきます。その考えが来ることが、この時間の使いみちでもあるのです。
手放した日の一行。三週目のころ、引き出しに入れて30分が経ったのに、10分くらいだと思っていた日がありました。その日が初めて、時間が戻ってきた日でした。
この記事は一般的な情報であり、医学的な助言ではありません。睡眠や日常生活への支障が続く場合は、専門家にご相談ください。