私は散歩が好きだと思っていたのに、振り返れば、スマホを見ながら歩くのが好きだったのでした。ある日、充電を忘れてスマホなしで出たら、同じ道が別の道でした。鳥の声が聞こえて、子どもの手が私の手を握っていることに気づいたのです。
スマホを置いて歩くと、最初の10分は物足りず、そのあと音、におい、歩く感覚が順に戻ってきて、そのあとに考えが片づき始めます。スマホを持って歩くと、体だけが外にいて頭は画面のなかにいるので、この順序が始まりません。地図や連絡が心配なら、スマホをかばんの奥に入れて出さないことでも十分です。
どちらも歩くのは同じです。脚は動き、心臓は打ちます。違うのは、頭がどこにあるかです。スマホを見ながら歩けば体は公園にいても、頭は画面のなかにいます。歩くことの運動の効果は残っても、歩くことのくれる、ほかのものが始まりません。
イヤホンを差すだけでも似ています。ポッドキャストを聞きながら歩くのを私は長くやっていたのですが、歩いたあと覚えているのが放送の内容だけでした。道で見たもの、聞いたものがひとつもなかった。体だけが散歩していたのです。
スマホなしで歩くと、最初の10分はぎこちない。手が物足りず、何を見ればいいのかわからず、退屈です。これを越えると、感覚がひとつずつ戻ってきます。私は順序がだいたい同じでした。
| 時間 | 戻ってくるもの | そのときの感じ |
|---|---|---|
| 0〜10分 | まだ何も | 物足りなさ、スマホを探す手 |
| 10〜15分 | 音。鳥、風、遠くの子どもたち | 世界はもともとにぎやかだったのか |
| 15〜20分 | においと温度。草、土、パン屋 | 季節が体に触れる |
| 20分以降 | 歩く感覚と、考えの整理 | 頭が軽くなり、やることが片づく |
20分を越えると、考えがひとりでに片づきます。歩くことが頭のなかの整理を助けるという研究があり、歩いたあと創造性の課題の成績が上がるという実験もあります。私は会議で解けなかった問題の答えが散歩中に浮かんだことが何度かありますが、スマホを持って歩いたときは、一度もありませんでした。
子どもと散歩するときスマホを見れば、子どもはひとりで歩いているのです。私がスマホを置いて歩き始めたら、子どもがもっと話すようになりました。もともとそれだけ話していたのに、私が聞けていなかったのでしょう。子どもの指さすアリ、子どもの拾った石、そういうものが散歩の中身になりました。
写真を撮りたい瞬間が来るでしょう。そこでスマホを出せば、散歩はそこで途切れます。私は目で長く見ることで代わりにしているのですが、不思議と、その場面の方が写真より長く残ります。
歩いていてスマホを出した瞬間、散歩は画面のなかへ入ってしまいますよね。Sumbiで出かける前に30分の潜水を始めてスマホをかばんに入れれば、歩くあいだ、他のアプリを開いたぶんだけ息つぎが減ります。掛かってきた電話に出ることは潜水を破らず、帰って潜水を終えれば、貝から海の生きものに出会います。
散歩の潜水を始める →最初は、道に迷う心配のない知っている道へ。近所を一周、いつも行く公園。20分あれば、感覚の戻る区間まで行けます。新しい道は、スマホなしで歩くのに慣れたあとで遅くありません。
子どもが保育園にいたり、連絡を受けなければいけない事情があれば、スマホをまったく置いて出るのは難しい。そういうときは、かばんのいちばん奥のポケットに入れて音をオンにしておいてください。電話が来たら出て、それ以外は出さないルールです。手の届くポケットにあるのと、かばんのなかにあるのとでは、出す回数が違います。
音楽やポッドキャストなしで歩くのがぎこちなければ、半分だけ外してみてください。行きは聞きながら、帰りは外して。帰り道に聞こえるものがあるはずです。私はその音たちのせいで、結局イヤホンを家に置くようになりました。
家に入るなりスマホを確かめると、散歩で片づいた頭がすぐ満たされます。水を一杯、靴の整理、それからスマホ。その数分が、散歩を少し長く残してくれます。私は玄関で靴をそろえるあいだに、散歩で浮かんだ考えを一行書きます。その一行が翌日の会議で使われたこともあります。
新しい道は見るものが多くて良さそうですが、感覚が戻るには知っている道の方がいい。同じ道を毎日歩くと、昨日と違うものが見え始めます。花が咲き、木の葉の色が変わり、いつもいた猫が場所を移したこと。その小さな差に気づく目は、スマホを見ているときにはなかった目です。
手放した日の一行。充電を忘れた日、同じ道が別の道になりました。スマホがなくて失ったのは写真の数枚で、得たのは子どもの声でした。
この記事は一般的な情報であり、医学的な助言ではありません。睡眠や日常生活への支障が続く場合は、専門家にご相談ください。